2016イラン 番外編 トイレのこと

海外旅行でカルチャーギャップに苦しむ原因は、生命維持活動に関わる部分であることが多いです。衣食住いずれかが順応できないと、楽しい旅行が憂鬱なものになってしまいます。幸い俺はそういう変化を楽しめる性格なので、今まで海外でそのようなトラブルに陥ったことはありませんが、今回は唯一懸念材料がありました。飲んで食ったら出す、トイレのことです。

ハンドドライヤーってありますよね?トイレにあるあれです。手をかざすと温風が吹き出して、そこで手をこすりあわせたりして乾かすための機械です。

 イマームホメイニ空港に到着して空港のトイレに入ったとき目に飛び込んできたのは、壁に備え付けられたハンドドライヤーで懸命に裸足の足の裏を乾かす男の姿。これがイランとのファーストコンタクトでした。

このおっさんは何故ハンドドライヤーで裸足の足の裏を乾かしているのか、たぶんそれは裸足で用を足していたから。裸足ということは、おそらく下半身は完全に裸、もしかしたら上半身もそうかもしれない、そして何故半裸もしくは全裸にならないといけないのか、それは排泄物処理において下半身もしくはそれ以上の部分が水で濡れる工程がある、しかもかなりバチャバチャとひっかけるからです、水を。アラーは偉大なり。そのような想像が頭の中に一瞬で広がり、俺はイランに来たんだな・・・しみじみ実感しました。

イスラム教といわれて反射的に思い浮かぶのが左手は不浄の手というやつです。不浄だから食事では使わないとかそういう意味ですが、なぜ不浄かというと左手で排泄物を処理する教えだからですね。

随分前にモロッコへ旅行したときに入ったトイレは、床が奥へ向かってなだらかに傾斜していてその先にポコッと穴がひとつあいているだけでした。横の壁には水道の蛇口と小ぶりの手桶があるのみ。それらを利用して用を足せというわけです、バナナを吊るされた部屋で踏み台と棒を与えられた猿になった気分でした。幸か不幸か小の方だったのでイスラム文化の真髄に触れる機会とはなりませんでしたが、そのインパクトは未だに残っています。

逡巡は一瞬のことでしたが、トイレに入ってしばし固まっている外国人の俺がトイレの使い方がわからないと思われたのか、親切な人がこっちだよと手招きをしてくれました。このときに限らずイランの人はとても親切でした、ありがとうイラン。空港のトイレは個室オンリーでした。入り口のドアをくぐったあと対面したのはずらっと並んだドア。そのドアの向こうには何が待つのか、イスラムの真髄でしょうか。

空港に到着して2番目に開けたドアの向こうにあったのは懐かしさでした。タイル張りの床に嵌められていたのはトルコ式便器。この名前でピンとくる人はJRになる前、国鉄の時代をご存じの方ですね。簡単に説明すると金隠しの無い和式便器を想像してください。かつて日本中の公衆トイレで設置されていたこの便器は、シンプルなデザインのおかげで掃除が簡単だったそうです(その割にどこも汚かった)。そして壁にあったのは、小さなシャワー。東南アジアでよく見かけるタイプとほとんど同じですが、シャワーヘッドがL字型でなく水が真っ直ぐ出るようになっていたので、水流をターゲットにヒットさせるうえでコントロールに若干難がありそうだが、これはいけるのでは・・・・・・?かつてモロッコで届かなかったイスラムの真髄についに触れるのか・・・・・・しばしの葛藤ののち、俺はついに決断しました。

ホテルに着いてからでいいや。

このときはそれ程切羽詰まっていなかったのと、やはり万が一失敗したときの事を考えると初めての国でそんなリスクを取ることはできない、ベテラン旅行者の経験がそう判断させました。イスラムの真髄は未だ遠く、我未だ未熟なり。最後まで読んでくださってありがとうございました。

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 ホテルのトイレ これが件のシャワー。ちゃんと紙もあった。そばには便器に流さないでくださいという注意書きがあった。

旅行中に邂逅したすべてのトイレにこのシャワーが設置されていたので、もう紙も使えばいいんじゃ・・・・・・?と思いました。あとハンドドライヤーで足の裏を乾かしていた人を見たのは後にも先にもあの時だけだったので、あまり一般的な行為ではない可能性が高いことを補足しておきます。

 

おわり